大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(ネ)1141号 判決

控訴人 株式会社 長建設計事務所

右代表者代表取締役 小熊晃

右訴訟代理人弁護士 多田武

向井惣太郎

被控訴人 株式会社 ライオン堂

右代表者代表取締役 小池嘉吉

右訴訟代理人弁護士 富岡秀夫

右訴訟復代理人弁護士 平山国弘

内田成宣

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し金六七五万円及びこれに対する昭和五四年五月一〇日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決は、控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

〔申立〕

(一)  控訴人

「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金八二五万円及びこれに対する昭和五四年五月一〇日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(二)  被控訴人

控訴棄却の判決を求める。

〔主張〕

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示第二項記載のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決二枚目表三行目の「請負」を「準委任」に、五行目の「請負内容」を「委任事項」にそれぞれ改め、九、一〇行目の「調査」の前に「立地条件、店舗内容等の」を加える。

(二)  同二枚目裏五行目の「被告に調査報告書を提出した。」を「長井ヤマコー店については口頭で、その他の四店舗については書面で被控訴人に調査結果を報告した。」と改め、同八行目の「(請負人)」及び八、九行目の「(注文者)」をそれぞれ削除し、九行目の「請負」を「準委任」に、一一行目の「請負内容」を「委任事項」に、一三行目の「建築設計」を「基本設計及び実施設計」にそれぞれ改める。

(三)  同三枚目表七行目の「完了し、」を「ほぼ完了し、基本」と、九行目の「設計報酬は設計業務の完成度に応じて可分的である」を「右設計案提示後、被控訴人は一方的に右設計委任契約を解除した」と、同裏二行目の「基本設計だけの場合」を「本件基本設計案提出段階での」と、七行目の「設計請負契約」を「設計委任契約」と、それぞれ改める。

(四)  同九行目の次に、行を改めて次のとおり付加する。

「11 仮に、控訴人と被控訴人との間に、基本設計及び実施設計及び実施設計を含む設計委任契約の成立が認められないとしても、控訴人は、昭和五二年八月一四日、被控訴人より、本件店舗の基本設計案の企画・立案を委託されてこれを承諾し、被控訴人はこれに対し相当の報酬を支払う旨約した(仮に右報酬に関する約定が認められないとしても、被控訴人は商法五一二条により相当額の報酬の支払義務を負うことは前述のとおりである。)。

控訴人は、昭和五三年四月末日までに基本設計案を作成し、これを被控訴人に提示して右受託業務を完了した。

右受託業務に対する報酬額は前記8のとおりである。」

(五)  同一〇行目の「11」を「12」と改め、一一行目の「8」の次に「又は11」を加える。

(六)  同四枚目表四行目の次に、行を改めて次のとおり付加する。

「『被控訴人の主張に対する認否』

被控訴人主張事実中、控訴人作成の設計案が株式会社吉原組の見積書に添付するために作成されたものであるとの点は否認し、加賀田組が本件店舗建築工事を落札、受注したことは認め、その余は知らない。」

(七)  同七行目の「10」を「11」に改め、九行目の次に、行を改めて次のとおり付加する。

「『被控訴人の主張』

本件店舗の建築に際し、被控訴人は株式会社吉原組ほか三社に設計施工の工事請負見積書の提出を依頼した(いわゆる見積り合せ)ところ、四社からそれぞれ見積書が提出されたが、いずれも被控訴人の意向に合わなかったので、被控訴人は方針を変更し、訴外伊藤設計事務所に改めて設計書の作成を依頼し、この設計書を各社に示してその施工について入札を求めた。その結果、加賀田組が落札して受注した。

控訴人は、右見積り合せに際し、株式会社吉原組から依頼を受けて本件店舗の設計書を作成したものであり、吉原組が被控訴人に提出した設計施工見積書には右設計書が添付されている。したがって、控訴人のした設計に対しては吉原組が報酬の支払義務を負うのであって、被控訴人に報酬支払義務はない。」

〔証拠〕《省略》

理由

一  控訴人が営業として設計を行う商人であることは、当事者間に争いがない。

二  控訴人は、被控訴人から本件五店舗の調査と本件店舗の設計を依頼された旨主張し、被控訴人はこれを争うので、以下この点について検討を加える。

《証拠省略》中には、昭和五二年八月一四日に右調査及び設計に関する準委任契約が締結されたとの控訴人主張に副う記述ないし供述が存するが、そのほか、《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。

(一)  被控訴人は、昭和五〇年ごろから新潟県十日町にスーパーマーケットの店舗を開設することを計画し、当初は株式会社吉原組(以下「吉原組」という。)に右工事を請け負わせる予定であった。

(二)  吉原組の取縮役吉原進は、昭和五二年一月ごろ右店舗の設計者として控訴人の代表者小熊晃を会津若松市の被控訴人代表者小池嘉吉の自宅に連れて行って同人に引き合わせ、その際被控訴人代表者は設計に先立ち国内の大手スーパーのチェーン店を数か所視察してもらいたいこと、十日町が豪雪地帯である点を設計上考慮してほしいことなどを述べた。

(三)  その後、控訴人代表者は同年二月末ごろアメリカのショッピング・センターを視察した結果を同じく被控訴人代表者宅におもむいて報告したり、被控訴人社員で本件店舗開設の担当者であった若菜富士彦と連絡をとったりしていたが、同年八月一四日会津若松市の被控訴人会社本社において両会社の代表者が会見し、その席上双方から本件店舗の基本構想について種々意見が出され、また、被控訴人から控訴人に対し設計の参考として本件五店舗の視察をすることが要請された。

(四)  控訴人は同年九月一九日までに本件五店舗のうち長井ヤマコーを除く四店舗の立地条件、店舗の構造、売場配置等に関する調査を完了し、同日その報告書を本件店舗に関する準備設計として五つのプランを添えて被控訴人に提出して説明するとともに、被控訴人の方で五案の中から二案にしぼってほしい、また、店舗のレイアウトについての被控訴人の考えを明らかにしてもらいたい、と要望し、被控訴人はこれを承諾した。

(五)  その後被控訴人から控訴人に対してはいずれのプランによって設計を進めるのかについて連絡はなく、本件店舗の面積としてどれだけのものを認めるかについての商業活動調整協議会の審議が遅れていたこともあって両者間の協議も行われなかったが、昭和五三年一月に控訴人代表者が新年の挨拶を兼ねて被控訴人本社を訪れた際、被控訴人代表者は、五案のうちいずれにするかは控訴人に任せると言った。また、これに先立ち昭和五二年一二月に被控訴人は訴外東邦地水株式会社にボーリングによる本件店舗敷地の地質調査をさせたが、右調査には控訴人の係員を立ち会わせ、その費用の査定も控訴人にさせ、右会社の作成した地質調査報告書を控訴人に交付した。

(六)  以上のような経過から、控訴人は三案にしぼって更に基本設計の作業を進め、敷地全体のレイアウトを含めた三案の構想を示すスケッチを作成し、昭和五三年四月二三日に被控訴人に提出して説明するとともにそのいずれを選択するかを決定するよう被控訴人に求めた。

(七)  被控訴人は、右のような控訴人の申し出に対して明確な意思表明をせず、その後も控訴人に対して積極的に連絡をとらなかったが、控訴人が前記のように図面を提出したのち間もない同年五月に若菜富士彦は訴外清水建設株式会社(以下「清水建設」という。)長岡支店に対し、本件店舗について控訴人が設計作業を進めて来たが思わしくないので清水建設に右店舗の設計施工を依頼したい旨申し入れ、同会社はこれを承諾して同年六月基本設計、概算見積りを提出し、被控訴人の了解を得て工事に使う鉄骨を発注するなど施工の準備を進めた。ちなみに右契約のその後の推移をみると、被控訴人は昭和五四年六月になって突然清水建設に対し右工事契約を破棄し六社の見積り合せ(施主が設計図面を提出し、これに対し建築業者が見積りを提出し、その中から施主が業者を決定する方式)によって受注者を決定したい旨申し入れ、清水建設は受注を断念した(その後結局加賀田組が工事を受注したことは当事者間に争いがない。)。

(八)  控訴人代表者は、昭和五三年一二月に被控訴人に電話したところ、控訴人に設計を依頼した覚えはないと言われ、昭和五四年一月に被控訴人の十日町における連絡担当者だった赤沢栄作に電話をかけたところ、控訴人に本件店舗の設計を頼まないことになったと言われた。

以上(一)ないし(八)の各事実と前記のような控訴人主張に副う記述ないし供述とを総合すると、被控訴人は昭和五二年八月一四日控訴人との間で本件店舗の基本設計及び実施設計を控訴人に委任する旨の契約を締結するとともに、右設計の参考とするため本件五店舗の立地条件、店舗の構造等の調査をするよう求めたこと、これに基づいて控訴人は前記のように基本設計の作業を行い、かつ、本件五店舗のうち四店舗の調査を行ってその結果を報告したこと、被控訴人は昭和五三年一二月ごろ控訴人に対し右設計契約を解除する旨の意思表示をしたものであることを認めることができる。《証拠判断省略》 なお、《証拠省略》によれば、本件店舗については、最終的に被控訴人が採用した株式会社設計センターの設計図(昭和五四年六月作成)のほかに、前記清水建設の設計図、株式会社銭高組の設計図(昭和五三年八月作成)、佐藤建築設計事務所の設計図が作成されており、これらについて被控訴人は報酬を支払っていないことが認められる。しかし、このうち佐藤建築設計事務所作成のものについては作成事情や作成後の経緯は一切不明であり、また、銭高組の図面は同社が前記見積り合せの前後に作成したものであるが《証拠省略》によれば、同社や清水建設のような建設業者の場合、工事そのものの受注に主眼を置くためその前提となる設計業務については報酬を請求しない場合もあることが認められるから、これら建設業者の場合と設計監理のみを専業とする控訴人の場合とを同列に論ずることはできず、前記各設計図の作成に対し報酬が支払われていない事実も前記認定の妨げになるものではない。

右設計委任契約締結に際し報酬の支払について特段の合意があったことを認めるに足りる証拠はないが、前記のように控訴人は設計を営業として行う商人であり、前記契約解除は控訴人の責めに帰すべからざる事由によるものであるから、民法六四八条三項の規定により控訴人は契約解除までに遂行した設計業務の割合に応じて報酬を請求することができるものというべきである。

しかしながら、本件五店舗の調査の点については、前記認定事実によれば右調査の目的は控訴人自身が行う本件店舗の設計の参考とすることにあり、控訴人が一応調査結果を被控訴人に報告したのも、右調査結果を被控訴人との間で検討し本件店舗の設計に生かすためであって、右設計作業の遂行と別個の意義を有することとしてではなかったと認められる。そうすると、特に右調査について報酬なりその費用なりを支払う旨の合意がない限り、それに要した費用等は設計報酬の一部として評価されるべきものと解されるところ、右のような特別の合意がされたとは証拠上認め難い(《証拠省略》中の右約定があったとする供述をもってしては、右事実を認めるに足りない。)。したがって、控訴人は右調査について設計報酬と別個に報酬を請求することはできないものというべきである。

三  そこで、進んで控訴人が被控訴人に対して請求することのできる設計報酬の額について考える。

《証拠省略》によれば、控訴人は、前記のように昭和五三年四月二三日に三案のスケッチを提出するまでに、基本的な建築計画の立案を含め基本設計の少なくとも八割の作業を終えたこと、被控訴人が後日実際に本件店舗の建築に費した費用は約八億五〇〇〇万円であること、社団法人新潟県建築設計監理協会の定めた建築設計監理業務標準報酬規程(昭和五〇年七月一九日改正)によれば、店舗、マーケット等の場合の設計工事費に対する設計管理業務報酬の標準料率は、工事費七億円の場合五・六五パーセント、工事費一〇億円の場合五・二六パーセントと定められており、工事費八億五〇〇〇万円の場合は両者の中間値とみることができるから五・四五五パーセントであること(なお、後記「建築家の業務及び報酬規程」では八億五〇〇〇万の場合の料率は約五・八パーセントとされている。)、但し、右は基本設計、実施設計、監理のすべての過程の作業を行った場合の報酬料率であり、基本設計のみを行った場合の報酬については、右標準報酬規程でも、社団法人日本建築家協会制定の「建築家の業務及び報酬規定」(昭和四八年五月三一日改訂)でも右全過程の作業に対する報酬の三〇パーセントとされていること、実際には、控訴人は新潟県建築設計監理協会の定めた前記標準規程による報酬額の八割程度の額の報酬を請求するのを例としていることが認められる。

右認定事実に基づいて計算すると、次の算式により、控訴人が請求することのできる報酬額は八九〇万二五六〇円となる。

850,000,000×0.05455×0.3×0.8×0.8=8,902,560

なお、本件五店舗の調査に対する報酬の請求について前述したところからすれば、右調査に要した費用等について右報酬額に更に加算すべきものと解する余地もないではないが、右に算定された金額だけで既に控訴人の請求する設計報酬額六七五万円を超えることが明らかであるから、右の点については判断を加える必要がない。

よって、右金六七五万円の設計報酬金及びこれに対する前記契約解除ののちである昭和五四年五月一〇日以降右金員の完済に至るまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由がある。

四  以上によれば、控訴人の本訴請求は、金六七五万円及びこれに対する昭和五四年五月一〇日以降完済まで年六分の割合による金員の支払を求める限度で認容し、その余を棄却すべきである。よって、右と趣旨を異にする原判決を右のとおり変更することとし(なお、控訴人は原審において本件設計に関する契約を請負契約と主張し、当審において右契約は準委任契約である旨主張を変更したが、右は法律見解を改めたにすぎず、訴訟物は前後同一であると解される。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木重信 裁判官 加茂紀久男 梶村太市)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例